大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)310号 判決

上告人

中山勝夫こと

李柄朝

外二名

右三名訴訟代理人

水野祐一

被上告人

十条商事株式会社弘済会

右代表者

久野勝利

右訴訟代理人

宗本甲治

久保田皓

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人永野祐一の上告理由について。

原審は、(一)上告人李は、昭和三九年四月一三日ごろ金融業を営む被上告人との間で金融取引契約を締結し、同上告人が被上告人に対して負担する金融取引上の債務担保のため原判決添付別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、(1)同上告人が所定期日に右債務の全部または一部の支払いを怠り、もしくは他から差押、仮差押、仮処分、破産の申立を受けた場合には、被上告人は何時でも代金二五八万円をもつて一方的に売買を完結しうること、(2)本件不動産のうち同上告人が占有中の家屋(前記物件目録第三の建物)は、右売買予約完結権行使の時から一か月内に無条件で被上告人に明け渡すこと、(3)売買完結の場合には、同上告人が被上告人に対して負担する一切の債務と売買代金債権とはその対当額において当然相殺決済するものとし、その結果過不足が生ずれば速やかに清算すること、ただし、同上告人の受取分勘定があるときは、本件不動産の本登記手続をし、かつ、家屋明渡完了後に右受取分の支払いを受けること等の条件のもとに売買一方の予約をし、名古屋法務局古沢出張所前同日受付第一〇七三号をもつて本件不動産につき右予約に基づく所有権移転仮登記を経由したこと、(二)同上告人は、右金融取引契約に基づき被上告人から金員の貸与を受けていたところ、三回にわたり借受元金および遅延損害金を目的とする準消費貸借契約を締結し、最終的に(第四回目)、昭和四一年九月一九日元本一六〇万円およびこれに対する遅延損害金六五万円の合計二二五万円を目的とし弁済期を同年一〇月一八日とする準消費貸借契約を締結したこと、(三)被上告人は、同上告人に対する右契約上の債権が遅滞に陥つていることを理由として昭和四二年二月一〇日到達の書面をもつて同上告人に対し右売買予約完結権の行使をしたこと、(四)しかし、同上告人は、前記消費貸借ないし準消費貸借契約上の利息および遅延損害金の一部を弁済しているほか、右契約には利息制限法所定の率を超過する利息および遅延損害金の定めがあつて、右弁済金のうちこの超過分にあたる部分を元本に充当すると、右予約完結時における残存元本は二九万〇七九二円、遅延損害金は二万七六八九円であること、(五)本件不動産の時価は、三四四万円であること、(六)なお、本件不動産には、上告人松波のための所有権移転請求権保全仮登記および抵当権設定登記が、上告人小原のための抵当権設定登記が、いずれも前記仮登記に後れてされていること、以上の事実を認定したうえ、被上告人の、上告人李に対する本件不動産の所有権確認、仮登記に基づく所有権移転本登記手続、明渡および明渡までの損害金の支払の各請求、ならびに、上告人松波および同小原に対する右本登記手続に対する承諾の請求につき、いずれもこれを認容したものである。

しかし、原審の右認定事実によれば、本件売買予約が金銭債権の満足を確保することを目的とするいわゆる仮登記担保契約であることが明らかであるところ、債権者債務者間でこのような契約が締結される趣旨は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあるのであつて、右仮登記担保契約により債権者が有する権利の内容は、原則としては、債務者の履行遅滞のため債権者が予約完結の意思を表示したとき、債権者は、目的不動産を処分する権能を取得し当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめるという換価方法により、その評価額から自己の債権の弁済を得ることにあるのであつて、債権者は換価手続の一環として、債務者に対しては仮登記の本登記手続ないし目的不動産の引渡を、後順位の抵当権者らに対しては本登記の承諾請求を求めうるが、評価額が債権者の債権額および換価に要した相当費用の合計を超えるときは、超過分を清算金として債務者に交付すべきであり、他方、債務者は清算金の支払を受けるまで本登記手続義務の履行ないし引渡を拒むことができるのであつて、このように、清算金の支払と仮登記の本登記手続とが同時履行の関係に立つ場合には、本登記手続の承諾を求められた後順位の抵当権者らは、自己固有の抗弁として債務者に対する清算金の支払との引換給付の主張をすることができるものと解すべきであり、債権者債務者間において清算金後払の特約がされているというだけでは、叙上の同時履行の関係を否定することができないことは当裁判所の判例(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁)の趣旨とするところである。そして、債権者において清算金を支払う必要があり、その支払に関し叙上の同時履行関係が認められるべき所有権移転予約形式の仮登記担保契約において、債権者が債務者の履行遅滞を理由として単に予約完結の意思を表示したというだけでは目的不動産の所有権が債権者に移転するものではないと解するのが、前記のような仮登記担保契約締結の趣旨に照らし、当事者の意思の合理的解釈として、相当である。

本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、上告人李と被上告人間の本件売買予約においては、清算金のいわゆる後払特約がされているというにすぎないから、叙上同時履行行関係を否定することはできないにもかかわらず、債権者が予約完結の意思を表示したということだけで本件不動産が被上告人の所有に帰したとして、被上告人の同上告人に対する本件不動産所有権確認請求を認容した原判決には、法令解釈の違法があるといわなければならない。また、被上告人の上告人李に対するその余の請求ならびに上告人松波および同小原に対する請求についてみるに、本件不動産の時価が被上告人の債権額を著しくこえることを理由に売買予約の効力を争う上告人らの主張は、被上告人の有する権利の実体がいわゆる仮登記担保権にすぎないものとして、その請求を争う趣旨と解しうるから、適切な釈明いかんによつては上告人らにおいて叙上の引換給付の主張をなす余地があるにもかかわらず、原審は、この点の配慮をすることなく、無条件に被上告人の前記請求を認容しているのであつて、原判決は、法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法をおかしたものといわなければならない。そして、これらの違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨中その余の点について判断を示すまでもなく、原判決は破棄を免れず、本件は、叙上の見地からなお審理をつくす必要があるからこれを原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 藤林益三 下田武三 岸上康夫)

上告代理人水野祐一の上告理由

原判決には民法第一条二、三項、第九〇条の解釈適用を誤り、且つ審理不尽の違法がある。

一、金融業者が通常の平均人に対し、債務者居住の不動産を担保として、高利の金融をなす場合、抵当権設定、譲渡担保等の如き通常予定される担保権設定の法律行為を回避して、売買一方の予約を締結し、且つ予め債務者居住の不動産に就き明渡の先履行を、その上明渡の遅滞に対して甚だしく高額の損害賠償の予約をなし、之と返還清算金との相殺を予定している如き場合には、単に清算の定めがあるか否か等の契約上の条項が存する等の些末の事由にとらわれることなく、両当事者の経済的状況、全契約の趣旨、予見し得られるすべての結果、両当事者の得喪する利益と損失の衡平を綜合して、債権者の行為が権利の濫用にあたるか否かを判断しなければならないし、また信義誠実原則に違背しないか否かを考慮すべきである。

ところで、原判決の確定したところによれば、

(イ) 昭和四二年二月一〇日到達書面を以て、被上告人が、上告人李に対し金二二五万円の準消費貸借契約の債務の履行の遅滞を理由に売買予約完結権を行使したこと。

(ロ) その時点における上告人の残存債務総額は三一万八四八一円であること

(ハ) 本件不動産の時価総額は当時三四四万円であつたこと

(ニ) 右完結権の行使後上告人李は一ケ月以内にその居住に係る本件不動産を無条件で明渡し

(ホ) 右明渡期限を経過した後は、一日につき金一、五〇〇円也の損害金を支払うこと

(ヘ) 売買代金債権は二五八万円であること

(ト) 過不足金の清算は、本登記手続、建物明渡完了後にすること

(チ) 上告人は当時経済的窮境にあつたこと

の各事実が明らかである。

之らの事実を前提としながら、被上告人の右(イ)の売買完結権の行使が権利の濫用にあたらないと認定した原判決は、右条項の解釈適用を誤つており、之を是認した第一審判決は正しいものといわなければならない。

即ち本件の各貸借は、原判決の援用する第一審判決判示の如く

(1) 従前の貸金元本に、之に対する約定遅延利息金を加算した金員を準消費貸借の目的としたものであること

(2) 右金融取引の債務担保のため、本件不動産に代金二五八万円を以て売買一方の完結権を行使し得ることを定めたものであること

(3) 当時殆んど文盲で日本語の会話もできない上告人が高利の金融を受けるに付いて、無条件で自己に不利な条項の多い被上告人作成呈示に係る甲一、三号証に署名押印していること

(4) 元本についての利息天引を承認し

(5) 利息制限法を遙かに超える金利を定めていること

から、契約当時の両当事者の経済的優劣の関係は自ら明らかであり、原判決も渋渋乍ら認定しているように、本件各契約が上告人の経済的困窮状態において締結されていることは自明のものというべきである。

更にその後上告人李は一部弁済を続け、結局九七六、一〇五円を合計して弁済して、残債務総額を三一万八、四八一円に減少せしめたのであるが、その間に

(6) 被上告人は、一旦二二五万円の小切手を上告人に交付して新規貸付の形式を整え、不動産取得の口実を作り上げ、その上でその現金化の機会を与えず、之を直ちに返還させる等の不正な行動をとつており(第一審判決一〇枚目表カッコ書参照――なお、原判決はこの事実を何ら判断していない)、訴訟によつて残存債務額の確認がなされない限り、被上告人が三〇〇万円以上の残債務額の存することを主張することは必至であり

(7) 残存債務の十一倍弱の不動産を実に容易に取得することとなり、之を結果として法律が保護することになること

(8) のみならず、昭和四二年三月以降は一日一、五〇〇円宛の損害金が附され、之を原判決判示の不動産の時価に対比して考えると、一年間に五四万七千五百円となるから年二割近い割合となり、また残存債務の額からすれば実にその十七割にも達することとなり、仮に上告人が本件判決確定後(四十六年三月として)本件不動産を明渡すこととなれば、結局返還されるべき清算金は零となること

(9) 不動産の価額を三四四万円と認定したのは、単に藤井証人の証言を採用しただけで、適正な鑑定等の方法を経ていないし、その上建物についての評価額が全然右認定の資料として採用されておらず、原審認定の不動産価額そのものに審理不尽の違法が存するので実際には右価額は五百万円を超えることはまず間違いないところであつて、仮にこの数字を基礎とすれば、更に上告人の喪う利益と、被上告人の利得との権衡を失することが明らかであること(因みに原審の結審時たる昭和四十三年十月十四日から判決の言渡される四十四年十二月二十六日まで実に一年二ケ月以上を経過しているが、その間、再開等の方法により右不動産価額の評価をさせるとか、或いは代理人に勧告してそのような書証を提出させる等の方法をとるべきであつたのに何らそのような措置を講じなかつたのは、右のような譏りを受けてもやむを得ないであろう)

の各事実があきらかである。

従つて之らの事実からすれば、被控訴人は結果として三二万円弱の債権確保のため、低く評価しても三四四万円の不動産を確保し、その占有も完全に自己のものとした上、清算の条項も殆んど実行しなくともよい結果となるのであつて、之を以て暴利を目的とした権利の濫用であるといわなければ一体何を以て法律上権利濫用、信義則違反(原判決も躊躇しながら之を否定している――理由七)といい得るのであろうか。また何が故に、裁判所が金融業者のこのような過当な利益を保護せねばならないか、どうしても理解できない。結局原判決が被上告人の予備的抗弁を排斥したのは民法一条、九〇条の解釈適用を誤つたもので破棄を免れない。

二、原判決が、上告人の「本件売買一方の予約が上告人李の窮迫無経験に乗じ、著るしく過当な利益の獲得を目的とする行為であつて民法九〇条に違反する無効な法律行為である」旨の抗弁を採用しなかつたことも右同様、民法一条、九〇条の解釈適用を誤つたものであり、且つ最高裁判所昭和三二年二月一五日第二小法廷判決(三〇年(オ)二二八号)、昭和二七年一一月二〇日第一小法廷判決(民集六巻一、〇一五頁)に違反するものである。

原判決も昭和三九年四月一三日の甲一、三号証の契約締結に際し上告人が無経験、窮迫に陥つている状況であつたことは之を認定している。

しかし、上告人の借り受けた債務は当初五〇万円であり、之に比し提供した不動産の価格は約三四四万円、のみならず、前記一の(イ)から(チ)、(1)から(8)に述べたような条項や、予見され得る事情があつたことを考えると、之は右上告人の無経験、窮迫に乗じた行為といわざるを得ないし、結果として、三百万円以上の不動産を取得できるようあらゆる条項で上告人を拘束していたのであるから著るしく過当な利益を目的とするということができる。

原判決は、この要件以外に更に「暴利を貧る目的に出たものと断定できない」と無用の要件を加重し、之を必要としているものの如くであるが、前記引用の各最高裁の判例は「特別の事情のない限り、貸主が借主の窮迫に乗じて締結したものと認むべきであつて、公序良俗に反し無効と解する」として、客観的に貸主と借主の利損が不つりあいな場合で、しかも借主が窮迫無知の状況にあつたことを以て足りるものとしており、原判決の如く更に貸主の主観的要件の立証を必要としていないと思われる。

これらの点からしても原判決は破棄を免れないものと思料する。

三、原判決が甲六号証甲九号証による売買予約完結権の行使を形式的にも有効とみとめたことは、民法五五六条の解釈を誤つたものである。

即ち右甲九号証によれば、被上告人は、上告人李に対する二二五万円の準消費貸借上の債権が遅滞に陥つていることを理由として右完結権を行使したのであるが、当時の残存債務額は三一万余円であり、又二二五万円の債務なるものは、原第一審判決一〇枚目カッコ書内で判断されているように二二五万円の交付とは見られないもので、そのような準消費貸借はそもそも成立していないのである。そのような成立、存在していない債務の履行遅滞を理由とした完結権の行使はそれが担保の目的を有している以上、全く無効のものという他はない。

この点からしても原判決は破棄が相当である。

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